ゲームUXを向上させるための制作フローについて後編

ゲームUXを向上させるための制作フローについての後編です。

ゲームUXを向上させるための制作フローについて前編」も合わせて読むのがおススメです。

では、ゲームUXとは何かについて私なりの解釈を書かせていただきました。

後編となる今回は、具体的にどうゲームUXを向上させるかについて、実際に挑戦した内容を元に書かせていただきます。

プロトタイプの導入

では、ゲームUXをユーザービリティと動機(USP)と定義しました。

UXについてネット上で調査すると、概念や定義の説明のみに終わり、結局何をどうすればいいのかわからないことが多いと感じます。

UXの概念を落とし込めるような、つまりユーザビリティとUSPを実現できるような制作フローが必要です。

まず、現在の社内のフローを見直してみました。

現在は基本的に図のような制作フローになっています。

image3.png

私はまず、WF制作時にプロトタイプを取り入れた制作フローを社内の既存プロジェクトに提案しました。

image10.png

※ここで説明するプロトタイピングとは、インゲーム(実際にユーザーがプレイするゲームの核となる部分)のUI(キャラ切り替えなどのボタンや表示など)や、アウトゲーム(インゲーム以外の部分。キャラクター編成や強化など)全般に関してのプロトタイピングになります。私はローファイプロトやWFプロトなどと呼んでいますが、あまり馴染みのない言葉だと思いますので、ここではプロトタイプと呼びます。ゲームの遊び部分を煮詰めるためのプロトタイプとは違うことに留意ください。

開発初期にプロトタイプ作成を行うことで、プロジェクトのメンバーが実機を触る機会が増え、ユーザビリティやUSPを常に確認できる状況を作ることで、自然にゲームUXが向上すると考えたのです。

プロトタイプを早い段階で作成して実機を触ることがユーザビリティの向上に役立つことは2023年頃から考えていて、ノーマン博士の名著"誰のためのデザイン"では、使いづらく結局無駄になった電話システムに対し"誰も実際にその電話を前もって試してみようとは考えてもいなかった"(ドナルド・ノーマン、1995)と書いており、プロトタイプこそが万能な特効薬となるのではないかと期待していました。

また、ProtoPieというプロトタイプ作成ツールも検証済みで、デザイナーがプログラミングの知識を必要とせずに比較的簡単に様々なアニメーションや遷移を可能にするプロトタイプを作成でき、チームのメンバーが簡単に実機で確認できる環境が整っておりましたので、導入は比較的スムーズに進みました。

プロジェクトは既に開発が進んでいる状態で、ゲームの遊びを固めるフェーズ(いわゆるプリプロダクションと呼ばれるフェーズ)は終わっており、各画面の仕様が出来上がりつつあり、それを元にWF作成やデザインを行っていたので、一部の機能のWFもしくはデザイン作成後にプロトタイプを作成することにしていただきました。

しかし導入の結果は芳しくありませんでした。

例えばレイアウト案Aとレイアウト案Bとで意見が割れた場合、プロトを作って触っても、どういった基準で選べばいいかが不明なので、結局明確な根拠なしに決定される、といったことがしばしば起きました。

また、デザイナーが自分の案を押すためにプロトタイプがあるのだ、という理解をしてしまうことも起きました。

既存の制作フローにただプロトタイプの工程を足しても、ユーザビリティが上がったりはせず、これまで通りの話し合いの平行線が伸び、プロトを実装するデザイナーの負荷が増えただけでした。

プロトタイプを作成してそれに触ればそれだけでUXが向上するだろうといった期待は甘すぎました。

プロトタイプの目的

AdobeStock_590500257.jpeg

私はもう一度ノーマン博士の言葉を読み直しました。

"誰も実際にその電話を前もって試してみようとは考えてもいなかった"の文章には、重要な続きがありました。"ユーザーが使い方を理解できるかを調べるために、どこかのオフィスにその電話を試験的に置いてみようなどとは、誰も提案しなかった"と。

私はこの見落としに気づき、少し前にある電機メーカーの開発者と話したことを思い出しました。

我が家ではとある電機メーカーのブルーレイレコーダーを使ってるのですが、録画した番組をDVDに焼く手順がわかりづらい、という不満がありました(何度かリモコンを投げそうになったことがあります)。その電機メーカーの開発者とお会いする機会があったので「あなたやあなたの同僚は録画した番組をDVDに焼くことができますか?」と質問しました。エンジニアは困惑した様子で「全員が簡単にできますが...できない人がいるのですか?」と答えました。

カースオブナレッジ(知識の呪い)と呼ばれる認知バイアスがあります。自分の知っていることを相手も知っていると思い込むバイアスです。開発者は毎日製品に触れ、毎日製品のことを考えるため、ユーザーとは製品に触れる頻度も知識も解像度も全てが違います。そしてバイアスは基本的に避けることができません。製品の開発者が製品を触ったことのないユーザーの気持ちになることは不可能です。

おそらく開発者は私が説明書を読まない人間で、DVD-Rに複数の種類あることも知らず、レコーダーにDVD-Rを入れて複数の録画した番組を選択すれば自動的にサイズを計算して番組を焼いてくれると期待している、などとは想像もしてなかったのだと思います。

私は彼に「あなたやあなたの同僚は録画した番組をDVDに焼くことができますか?」ではなく、「ユーザーが録画した番組をDVDに焼くことができるかどうかテストしましたか?そのうちの何%の方が達成できましたか?」と聞くべきでした。

これらのことから、ゲームUXを向上させるためにはプロトタイプを作成することが重要なのではなく、"適切なターゲットのユーザーに適切なテストを行うこと"こそが重要で、そのための手段としてプロトタイプがあるのではないか、と思うようになりました。

プロトタイプとテスト

AdobeStock_203867408.jpeg

また、今回は見落としがないように、この仮説が合っているかもう少し調査を広げました。プロトタイプとユーザーテストについて記載のある「UX Design for Mobile」と「Pratical Game Deisng」という2冊の本を発見しました。

UX Design for Mobileでは、プロトタイプについて"特定のシナリオに焦点を当てる。関連性に応じてインタラクションを簡素化する。事前に学びたいことを明確にする"(パブロ・ペレーラ、2017)の3つが重要だとしています。

また、ユーザーテストに関して、設計プロセスの重要なステップであり、テストの開始は早ければ早い方が良い、としています。

Pratical Game Designでは、ペーパープロトタイプの記載がほとんどでしたが、プロトタイプ無しに開発が進んだ場合は"うまく機能しないが変更するには遅すぎて、もうこれで行くしか無い"(アダム、2018)状況に陥るだろうと、ゲーム開発者であれば背筋が凍るような(そして身に覚えがあるような)話を例に、プロトタイプの重要性を語っています。

また、プロトタイプ作成後のプレイテストを制作フローの中に組み込んでいます。

書籍の他に、GoogleのUXコースを受講しました。

Google UXコースは、Couseraというサイトで受講できるGoogle公式のUXデザインに関するコースで、こちらでは明確にWF作成→プロトタイプ作成→ユーザビリティテストとする制作フローが提示されていました(最初からこのコースを受けていればと思いました...)。

WFとプロトタイプの題材は"ペットの散歩お願いサービス"で、時間を指定し、散歩に行ってくれる人を選択し、予約を決定する、といった全てのユーザーに当てはまるシナリオがあるので、それに沿ってプロトタイプを作成します。課題はユーザーが迷わずに予約までたどり着けるか、です。

ゲーム内のユーザーの行動はもう少し複雑で、規模の小さいゲームでも、ホーム画面からクエストに行くのか、編成に行くのか、強化に行くのかといった分岐がありますが、その場合は複数のシナリオと課題を作成すれば良さそうです。

私は既存プロジェクトに対して、制作フローにプロトタイプを導入しよう、プロトタイプをデザイナーが作成しよう、プロトタイプをみんなで触ろう、というざっくりとした説明をしてしまいました。

実際にはプロトタイプをどういった目的で作成し、テストによってユーザーに伝わっているかを確認することの方が重要だったように思います。

AdobeStock_476005018.jpeg

また、ユーザーテストの目的を軸にプロトタイプを作成するということは、制作フローの前段の、どの画面を作成していくか?というところから考慮することが必要ということも見えてきました。

これまでの制作フローは、基本的に画面一覧が作成され、機能単位で実装が進められていました。

画面ごとに工数を計算する必要があるので当然といえば当然なんですが、考えてみればこれは開発側の都合なだけの文字通り機能中心な進め方です。

たとえば編成機能を完了させて強化機能を完了させて最後にくっつけることになれば、編成中のメンバーを強化したい、というユーザーの要求があった場合に、操作やデザインのつじつまが合わなくなる恐れがあります。つじつまを合わせるために既存の画面に修正を入れて複雑になり、結局いつでもどの画面にでも遷移できるメニューを全画面に入れる、という後ろ向きな対応案も出てきそうです。

ユーザーテストの目的は、ほぼ全てのゲームで共通となるオンボーディング体験(ゲームを初めて起動して学ぶまでの体験)、メインとなるプレイサイクルから導き出すことができます。

また、ゲームのUSPによって異なるやりこみ要素、フレンドとのマッチングやキャラクター進化なども考えられるかと思います。

まずはサイクルを作成し、その後サイクルに沿って必要となる画面一覧を完成させる方法が必要になりそうです。

プレイサイクルを作成した後の開発の進め方は、実際にはもう少し複雑です。インタラクションやユーザビリティをプレイサイクルごとにスコア化できるようにしたり、ゲームUXについて理解が薄くてもできるだけUSPを外さない設計ができるような枠組みを作成したりしています。

AdobeStock_767332004.jpeg

少し脱線しましたが、実際に試したのはプロトタイプの導入までで、現在はプレイテストを制作フローに組み込めるように働きかけたり、リリース済みのプロジェクトの課題発見のためのユーザーテストを行ったりしております。

ユーザーテストに関しては、社内メンバーによる少人数プレイテストを開催することで短期間低予算でイテレーションを回せるようにし、実際に効果を上げつつあります(こちらは里宗巧麻さん主導でおこなっており、私の方では主に分析を担当しております)。

ということで、ここまでが実際に私が挑戦したゲームUXを改善するための取り組みになります。

一時期、社内の業務の指示に"UX""UX改善"という言葉を使わないでくださいとお願いしたことがあります。UX改善という言葉は便利ですが、UXが何かを示さなければ解決すべき課題も分からず、結果課題無しにグラフィックを刷新しましたとか演出を派手にしましたというアウトプットで終わってしまうようなことが起きやすくなってしまいます。

また、UXの定義を全員が理解したところで、それを実践する制作フローになっていなければ、UXをよくしましょう!と提案しても「そんなことは分かっているけど現場はそれどころじゃない」といったことが起きてしまいます。

開発しているゲームのUSPを明確にし、開発初期からプロトタイプを作成してテストを行い改善を繰り返すことができる制作フローを整備し、USPをユーザーに最大限楽しんでいただけるようにして、最後にその製品を好きと思っていただけるようにすることが、ゲームUX向上のための取り組みといえるのだと思います。



参考サイト等

UX Week 2008 | Don Norman | Peter Merholz Speaks with Don Norman

ProtoPieをフル活用したゲーム開発事例

Google UX Design Professional Certificate | Coursera



参考文献

Adam Kramarzewski, Ennio De Nucci(2023) Practical Game Design

小霜和也(2014) ここらで広告コピーの本当の話をします。

セリア・ホデント(2019) ゲーマーズブレイン -UXと神経科学におけるゲームデザインの原則

セリア・ホデント(2022) はじめて学ぶ ビデオゲームの心理学

D.A.ノーマン(1990) 誰のためのデザイン?

D.A.ノーマン(2011) 複雑さと共に暮らす

Pablo Perea, Pau Giner(2017) UX Design for Mobile



この方に記事を用意していただきました!

photo_self.jpg

山内 豊

UI・UXグループ

最後までお読みくださり、ありがとうございました!同業の方とゲームUXについて情報交換や雑談などができたらと思っています。お気軽に声をかけてください!

ブログも更新中です。ぜひご覧ください。

UX DESIGN BLOG

このブログについて

KLabのクリエイターがゲームを制作・運営で培った技術やノウハウを発信します。

おすすめ

合わせて読みたい

このブログについて

KLabのクリエイターがゲームを制作・運営で培った技術やノウハウを発信します。