ローカライズ問題(アラビア語の場合)後編 フィールド調査とデータ分析 - 現地のフォント選択の探求

ローカライズ問題(アラビア語の場合)後編です。

前編の「ローカライズの目的と重要性 - ユーザーエクスペリエンスへの配慮

中編「ローカライズとカルチャライズ - フォントとデザインの挑戦」も合わせて読むのがおススメです。

カルチャー

カルチャーへの対応は一言で言い表すことができない難しい課題です。その具体的な対策は国によっても異なり、一概に課題を列挙することが難しい内容です。しかし、それがユーザーやその国の社会に対する影響力は侮れません。時には向かい風となることもあれば、追い風として大きくコンテンツを推進させることもあります。



中編記事で紹介したアラビア語の反転対応もそうですが、本格的に全て対応するとなると工数が膨大にかかるため、現実的ではないですが、可能な範囲で対応していくことで、ユーザーに対して良い印象を与えることができます。企業としては、コストと期間の問題で対応することができないという判断になることもありますが、やるかorやらないかではなく、何ができるかという考え方で望む方が良いでしょう。



カルチャーへの対応は「積極的なカルチャライズ」にあたり、対応する場合はグラデーションで考える必要があります。加えて文化による嗜好性が強く出るため、何がどう刺さるのかには調査が必要になります。ここで、その詳細を説明するには誌面が足りません。なので、ここでは、事例として、色とフォントの感覚の違いについて触れ、それがどのようなものなのかみていきたいと思います。

色の感覚の違い

色に関しては、文化によって、色に対する意味合いが変わったり、あるいは人種による遺伝子の違いによって、色の感受性が変化することが知られています。海外でのフィールド調査を行うと、国によって、よく使われるカラーパレットが存在し、好まれる色が違うことがわかります



日本国内でも、沖縄と本州では代表的な色彩のパレットが異なります。沖縄が重たい原色を好むのに対して、本州ではくすんだパステルカラーが好まれます。これには気候などが影響しており、湿気が多く、曇りがちな日差しの中ではくすんだパステルカラーが身近な色となり、日差しの強い中では、重たい原色がハッキリと視認できるためではないかと考えられます。アラブ諸国では、くすんだオレンジとベージュをドミナントとした配色が特徴的です。

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マーケティングでは、それらを踏まえて、同じコンテンツでも、微妙に使っている色や、キーとなるカラーを変えたりなどの対策が取られています。海外諸国でも日本でお馴染みのコミックが多く売られているのですが、その単行本の表紙のデザインや色の使われ方は微妙に日本版と異なり、見慣れている人からすると、不思議な違和感を覚えることがあります。

フォントの感覚の違い

それから、フォントです。フォントにも強い嗜好性が現れます。どのフォントタイプを選ぶかによって、まったく感じられ方が違ってきます。元のコンテンツと形が似ているからと言って、安易にフォントを選んだり、機能重視で視認度が高いフォントを選ぶと、こちらの思惑とまったく違った印象を与えてしまうことがあります。日本語のフォントの例で言えばスーパーの大売り出しなどによく使われる「創英角ポップ」が堂々とコンテンツに使われているようなことが起こります。



海外旅行をした人なら経験があるのではないかと思うのですが、日本の観光客向けに親切に日本語で案内が書かれていることがあり、そのフォント選びが絶妙に変なのです。誤字脱字はご愛嬌ですが、そのフォント選びに絶妙な気持ち悪さを感じます。この違和感はおそらく、ネイティブな人にしかわからない感覚です。普段は意識はしないのですが、我々は、無意識にフォントごとの意味のようなものを認識しているのです。

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これに対策するのには、やはり現地の人の意見を集める必要があります。少数の意見では、信頼性が担保できないので、現地のフィールド調査などを実施することが有効です。我々もアラビア語対応に伴い、現地のフィールド調査を行いました。ドバイに赴き、街の看板や、商品に使われているフォント、公共の場など、場所ごとに分類し、どのような時にどのようなフォントが使われるか採取し、分析を行ないました。それと並行して、現地の人にデザインの数パターンみせて、どれが最適かを選ぶ、ABテストアンケートを行うという2種類の方法で調査を実施しました。

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最初の方法では、まず街で採取したたくさんのフォントを形の性質ごとにいくつかに分けます。これをクラスター分析といいます。フォントを形で分類してみたところ、その分類にちょうど該当するアラビア語のフォントのグループが存在することがわかりました。そして、それぞれの字体が成立した経緯が分かり、文字に込められた意味が見えてきました。



つぎにそのフォントのグループに名前をつけ、それらがどのような場所で用いられるか、英語のどのフォントと対応しているのか等、成分分析を行います。そうすると、特定のフォントがどこで用いられるのか、英語のどのフォントとアラビア語のどのフォントが対応しているのかの傾向が見えてきます。中には宗教的な意味を持つフォントがあり、デザインはユニークなのですが、エンタメ系のコンテンツに使うには不適切なものがあることもわかってきました。



同じようなゴシック系のフォントでも、どちらがダサく感じられ、どちらがデザイン的なのかなどもデータによってみえきます。最終的には分類データの結果とアンケートの結果を照らし合わせ、その相関性を調べます。相関性が高ければ、仮説が正しく、相関性がなければ、仮説が棄却されるというわけです。調査の結果、データに相関性が強く見られたことから、そのデータには信頼性があることを明確にすることができました。

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まとめ

ローカライズには、言葉を翻訳して、意味が伝わるようにするという側面だけではなく、作品の持っている文化をより伝わりやすくするという使命があります。しかし、そこには言葉の壁だけではなく、文化の壁があり、単に翻訳しただけでは、十分に作品の良さを伝えることができません。



そのためにカルチャライズが重要であるということがここまでの考察で明らかになったのではないかと思います。体系的な取り組みにはそれなりのコストがかかるものですが、案外ちょっとした工夫が大きく貢献したりすることがあります。重要なのは伝えようとする気持ちであり、配信するコンテンツへの愛情と、配信する国への思いやりではないかと思います。



雑にローカライズされたコンテンツを見ると、自分達が大切にされていないという残念な気持ちだけではなく、そのコンテンツに対する気持ちが一気に褪めることがあります。美味しいと噂の飲食店に行ったのは良いものの、店員の横柄な対応で味も思い出も最悪になることはよくあります。つまるところ、ゲームだからどうということではなく、サービスという意味では同じことなのではないかと思います。

気を付けるべき大切なポイントは、探せばいくらでも出てくると思います。しかし、軸にあるものは、ユーザーについて考え、コンテンツがどう受け取られ、どう感じるか、そして伝えたいものが何かということを明確にし、それを伝えるための工夫、そして、最も大事なのは、それを伝えたい強い気持ちではないかと思う次第です。

この方に記事を用意していただきました!

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里宗 巧麻
UI・UXグループマネージャー

「ローカライズ問題(アラビア語の場合)」は今回で最後です。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

次のUI/UX記事をお楽しみに!

デザインを科学する「ニューロデザインラボ」で記事を掲載中です。

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